新米ママの子育てBlog

電報検閲の歴史

2011.02.02

陸海軍省の省令が発布された同じ一月五日、逓信省は逓信大臣の内訓によって、軍機軍略事項にふれる電報の受け付けを停止した。一月七日付の『東京朝日新聞』に次の記事が出ている。・電信制禁六日神戸特発神戸郵便局にては昨日より電報頼信者に対し軍事及御用船の行動に関するものは逓信大臣の内訓によりて取扱はず強て頼信を望むものに限り一応当局の査閲を経たる上にて配達若くは還付すべしと告げ居れりこの記事は、軍機軍略事項を通信しようとする電報は当局の査閲、すなわち軍または警察の検閲にまわすと言っているようにも読める。しかし実際には、電報の検閲が軍や警察に関係なく郵便局の内部で独自に完結的におこなわれていたことは、『停止電報綴』が示すとおりである。このような経過を見てくると、電報に対する検閲権限はこのときはじめて郵便局に与えられたように思えるが、実はそうではない。郵便局長、電信局長、郵便電信局長など各電信官署の長は、逓信大臣の内訓を待つまでもなく、もともと電報の伝送を拒否する権限を持っていた。日本の電信事業には明治新政府成立直後の創業以来、一貫して国益意識が強い。明治七年の「日本帝国電信条例」によって電信事業の官営が法制化される。それ以来、日本の電信・電話は、昭和六十年(一九八万の日本電信電話公社民営化まで百十余年間、政府管掌のもとで運営されることになったのである。

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